老子との対話40
ある起業家がいた。
彼はある企業を退職し、半年もの間、毎日のように朝から晩まで仕事に取り組み、販売する商品、そしてサイトを準備した。
それだけじゃない。
「こんな問い合わせが来たらどう対応するか」「こんなクレームが発生した時はこう対応しよう」などとあらゆる問い合わせを想定し、準備を続けた。
「お客さんが多く来た時はこれがないと対応しきれないから、その準備もしよう」と準備もした。
パソコンにあるシミュレーションを見ながら、「これだけの売上が上がるからある程度の費用はかけていいかな」などと一定のコストをかけて、準備もしてきた。
そして、ビジネスのスタートの時期を迎える。
「半年をかけて、ここまで来た。ようやくスタートだ」
そう思い、サイトをオープンし、ネット上の広告の展開をスタートする。
そして、数時間が経過し、1日が終わった時に異変に気がつく。
想定と全く違う結果に愕然とする。
売上はゼロだった。
それどころか、全く反応がない。
顧客からの質問も一つもない。
これは実際の話であり、多くの起業のスタートだ。微妙に結果は違うかもしれないが、完全にゼロから立ち上げたビジネスはこんなものだ。
買ってもらうどころではない。
質問をされることもない。
「世の中にインパクトを与えてやる」
そう思って起業したとしても、世の中にインパクトどころか、質問さえ来ない。
この洗礼を受けてから勝負が始まる。
同時に「不安」と戦う。
起業した人にとって、時間はまさにお金だ。
「時は金なり」などという言葉ではない。実際にそうなのだ。時間が経過することは、資金がショートしていくことにつながる。毎時間、毎時間、毎日、毎日だ。
その不安を感じながら、売り込まなきゃと思っても売れない。
売ろうとすれば売ろうとするほど、売れない。
何故か?
売れていないからだ。
老子で言えば、彼が起業などしなくとも、世の中は回っていた。バランスはとられていたのだ。つまり、最初は世の中に同化していない「異物」のようなものだ。
人々の生活に同化している商品やサービスではないのだ。
逆に言えば、そんな商品やサービスよりも同化している商品やサービスの方が良い。
それに、今やネットであらゆる情報、あらゆる商品、あらゆるサービスがあらゆる顧客とつながっている。
実際に使われているものは分かるし、評価されているものも分かる。
一目瞭然で分かる。
だからこそ、売れない人が売ろうと思っても「売れていない人が頑張っている」としか見えない。
でも、そんな中、最初に飛びつく人はいる。
買わないけど、近づいてくる人はいる。
サイトをチェックする人はいる。
関連するブログなどがあれば、それを見る人はいる。そうして、人が集まり続けると、ビジネスはようやく鼓動を打ち始める。
命がなかったビジネスが鼓動を打ち始める。
例えば、関連するブログでコメントが1つ来る。
「この間はご回答いただいて、感謝しています。助かりました」などと声が上がる。
彼の商品を買った人ではない。
彼は質問に答えただけだ。それでも、人の気配が出始めると変わってくる。
考えてほしい。
あなたは誰かのブログにコメントを書いたことはあるだろうか?企業にメッセージを送ったことはあるだろうか?
ない人がほとんどだと思う。
それが大きなことなのだ。
そして、他の顧客がそのコメントを見て、「人が来ている。一応、信頼できるサイトかな」などと安心して見るようになってくる。
そして、ついに
「欲しいです」
買ってくれる。
1つ買ってくれる人が出てくると、それがゆっくりと2つになる。
2つ買ってくれる人が出てくると、それが3つ4つとなる。
そして、ようやくビジネスが形になってくる。
年商数億円、数十億円のビジネスも最初は1件の問い合わせ、1件の購入から始まる。
これは例外はない。
これが起業だ。
大手のビジネスとは違う。
あなたが起業した場合、誰もあなたのことを知らない。商品もないし、顧客もいない。
そこからのスタートなのだ。
老子は言う。
「『道』が一を生み出し、一が二つのものを生み出し、二つのものが三つのものを生み出し、三つのものが万物を生み出す」
老子道徳経 下篇
道
重要なことはスタートは「道」。
言い換えれば、自然だ。
先ほど話したとおり、世の中は既に自然に回っている。バランスをとってだ。
乱暴に言えば、「異物」として起業をする。
なくても回っていた世の中に異物としてビジネスをスタートする。
だからこそ、その「異物」は顧客や世の中の自然な流れに逆らってはいけない。
逆らっては異物のままだ。
まさに自然の流れになるように「異物」を「同化」させていく。
あなたが毎日コカ・コーラを飲んでいるのなら、あなたにとってコカ・コーラは「自然」だ。
「異物」ではない。
でも、そのコカ・コーラも生まれた当初は誰も知らない「異物」だった。その「異物」をスタートの段階から可能な限り「自然」にしていき、世の中に「自然」に浸透させていくこと。それが重要なのだ。


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