老子との対話 21

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老子との対話 21

「今日は真剣にやるか」

朝、コーヒーを飲みながら、手帳を開き、「今日やること」を書く。
そして、必死に仕事に取り組む。

その日が調子が良く、最大限集中できたとしよう。仕事は次々に片づいていく。
朝書いた手帳の「今日やること」が全て完了していく。

このような日は気持ちがいい。
「やろう」と思ってたことが全て終わったのだ。
「充実した1日。最高に気分が良い」とあなたは思うかもしれない。夜、飲むお酒も美味しいだろう。

「今日のような1日がずっと続けばいいのに」
そう思いながら、1日を終える。

でも、それは続かないことが少なくない

「数日前はあれほど集中したのに。今日はダメだ。全く集中できない。本当はこんな1日を過ごしてはいけないのに」

今度は罪悪感を感じる1日が終わる。

このケースはなかなか「やる気」が持続しない方の典型的なパターンだ。

「真剣にやる」ことは「必死さ」も重要だと思う。

でも、問題がある

それは「自分の意志で高めた無理なやる気は続かない」ということだ。それはいずれ、終わる。

「やる気」を出そうとしているのに、「やる気」が出ない自分に自己嫌悪になる。
本当は良い仕事をしたいし、真剣に仕事をしたい。そう思っているのだ。
なのに集中できず、逆にバッドサイクルに入ってしまう。

その理由を老子の言葉に置き換えて言えば、以前も少しお話しした極端なことを自然に戻してしまうということだ。

普段、あまり真剣にやっていない。あまり集中していない。そのような人がいきなり真剣に仕事をやる。それは「不自然」なのだ。

不自然だからこそ、続かない。
自然な方に戻されていく。

でも、

普段真剣にやっている人。集中している人は違う。そのような人が真剣に仕事をやること
は自然なのだ。

自然だからこそ、続く。
簡単に不自然な方に戻されはしない。

さぼろうと思う方が不自然だ。
さぼっても、すぐに自然な方に戻るのだ。

だからこそ、「不自然」な一時的な行動を「自然」にする必要がある。言い換えれば、「習慣」にする必要があるのだ。

覚えておいてほしい。
成果を上げることができる人は成果を上げる行動を一時的にとる人ではない。
成果を上げることができる人は成果を上げる行動を長期的にとれる人だ。言い換えれば、習慣を持っている人なのだ。

老子は言う。

「さわがしい暴風は半日とつづかず、うるさい豪雨は一日じゅうはつづかない。
そうしているのはだれかといえば、それは天地である。
天地でさえも長くつづけることができないものを、まして小さな人間ではなおさらつづかない。
大声を張りあげてしゃべりまくる不自然なことは、やめたほうがよい」

参考:老子道徳経 上篇 「老子」金谷治

一時的に自然ではない行動をとる時は注意が必要だ。それらの多くは長く続けることができない性質の行動なのだ。

だからこそ、それが自然なものとなるように
習慣化することを意識することが重要なのだ。

スティーブン・コヴィーが成功には原則があるとして「7つの習慣」で「習慣」をとりあげた。
あの本は1500万部以上売れた大ベストセラーだが、「習慣」は老子の言葉からも非常に重要なものだと言える。

習慣を高めること。そして、自らの自然を高めることだ。

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