スペインの旅「資本主義」7
少数
少数派であること。
それがこの「資本主義社会」では成功に近づく方法
そう、お話しした。
でも、ただ少数であれば良いというわけではない。
成功するためには条件がある。
また「多数派はどうなるのか?」という疑問をお持ちの方もいるだろう。
それをこれからお話していきたい。
この辺りから少し嫌な話になるかもしれない。
(そのため、一定期間が経過したら、この記事を消してしまう予定だ)
おそらく、「少数派の行動をして、うまく行かない奴もいるでしょ。」
そのように思う方もいると思う。
そのため、今回はある例え話をしたい。
人口100人の地球
実際の我々の社会は非常に複雑でその本質が見えづらい。
様々な国がある。
それに成長する国があったり、していない国もある。
また、通貨も違い、為替の変動もある。
また、それぞれの国には膨大な企業(法人)や多くの個人が存在する。
また、個人も莫大な資産を相続した方もいれば、そうでない方もいる。
個人個人で見てもスタートラインが違うのだ。
どうすれば成功するのか、分かりづらいと思う。
そのため、単純な話で考えてみよう。
人口100人の地球だ。
例えば、地球に1つの国しかないとしよう。
国は日本しかない。
通過は「日本円」のみ。
そこには企業(法人)はなく、個人のみが生活している。
人口はたった100人のみだ。
ここでもスタートラインが違うと訳が分からなくなるので、1人1人には100万円が分け与えられたとしよう。
つまり、100人に100万円なので、合計すると1億円。
それがこの国の個人資産だ。
国の成長はここでは考えないでほしい。
資本主義の社会だ
言葉は悪いが、その1億円を奪い合うことになる。
(この国には企業(法人)は存在しないが)当然、少数で仕事をする人、多数で仕事をする人が出てくる。
「目の前の100万円じゃ、足りない。どうにかして、増やしたい」
そう考えて、1人でビジネスをするAさんという人が現れたとしよう。
Aさんはある商品を作り上げ、販売する。
その商品は練りに練った商品で、少しずつ人気になり、最終的に人口の残り99人に大ヒットとなる。
その商品は99人全てが買ったのだ。
単価は1万円の商品。
99人が1万円ずつ払ったのだ。合計99万円だ。
粗利100%の商品だったので、もともと持っていた100万円に99万円が加わり、199万円がAさんの資産だ。
逆に残りの99人の人は1万円ずつ支払ったので99万円が資産となる。(1万円マイナス)
すると、メディアがその成功を取り上げ、まずますその商品は大流行。
残りの99人はさらにその商品を買うようになる。
毎月リピートをし続けるのだ。
10ヶ月もすると、99人はそれぞれ10回もその商品を購入したことになった。
すると、Aさんの資金は1,090万円。
そして、99人の人は1人が10万円を使ったのだ。残りは90万円の資産となる。
「多数」
でも、ここで他の人も「アイツばかり、稼いでずるい」と言って、同じビジネスをやり始める。
一斉に49人の人がそのビジネスをやり始めるのだ。
すると、もともとやっていたAさんを含め、50人がそのビジネスをやることになる。
翌月、以前と同じように残りの50人が1人1個買ったとして、総額で50万円。
でも、今までのようにAさん1人だけではない。
50人がそのビジネスをやっているため、均等の人気になると、1人1万円しか稼げなくなる。
つまり、「多数」になるとインパクトは小さくなる。
少数になればなるほど稼げ、多数になればなるほど稼げなくなる。
仮に先ほどのAさん1人しかそのビジネスをやっていないとしよう。
そのビジネスが成長してくると、それはさらに「売れている」などと言われ、さらに人気が出てくる。
すると、ますます他の99人はそれが欲しくてたまらなくなる。
10年経ったら、どうなるだろうか?
Aさんは間違いなく大金を稼いでいる。
でも、彼だけではない。
魅力的なビジネスを作り上げ、魅力的な商品やサービスを作り上げた少数の人が大金を稼ぐ。
魅力的なビジネスを作り上げる成功者はさらに魅力的なビジネスを作り、さらなる成功を成し遂げる。
逆にそれ以外の多数の人はそれに喜んでお金を払う。
パレートの法則どおりとなれば、2割の人が富める人となり、8割の人が貧しい人となる。
二極化だ。
二極化が問題などと言う話がよくあるが、それは資本主義としては当然の世界だ。
その2割の成功者の資産は多数の人の負担によるもの。
少数が売れるビジネスを作り、多数はそれを使う人になる。そして、お金を支払う。
その図式になっている。
資本主義では多数が成功者にはなりえない。
成功者は少数なのだ。
我々の世界では複雑になりすぎて、それが見えづらく、ぼんやりとしたものになっているが、実は成功者を成功者以外の多数が支えている。
少数の成功者にその意識がなくとも、
多数にその意識がなくとも、
そのような図式の中、我々は生活している。
そして、今も成功者の作り上げるビジネスやら商品やらサービスを喜んで買い、喜んで使う。
もちろん、多数派の人々にはお金を取られているという認識はない。
それどころ、「買って良かった」などと喜び、自分のお金がとられているとは思わない。
今は「領主に年貢を納めるような時代ではない」と思われるかもしれないが、実際には違う。
魅力的な商品やサービスを作り上げる少数の人に多数の人はそれにお金を払い、使っている。
それはある意味では同じ図式なのだ。
追伸 私はそれに対して文句を言いたいわけではない。
我々が資本主義社会にいるのであれば、その土俵で戦うべきだ。


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