「スティーブ・ジョブズは
世界最高の経営者か? 4」
「スティーブ・ジョブズは世界最高の経営者か?」
今回はその第4回目。
彼は「世界最高の経営者」ではない。
というよりはむしろ「世界最高の<経営ができる芸術家>」。
そう、お話しした。
まず、これまでの内容を簡単に復習させていただきたい。
(これまでの内容は「分かっている」という方は読飛ばしてほしい)
□復習
そもそも、世の中にいるビジネスマンの中で「芸術(アート)」に意識があるビジネスマンは圧倒的に少ない。
実際、ビジネスの世界で「芸術」や「アート」という言葉はまず聞いたことがないはずだ。
経営者の名言でも同じだ。
でも、スティーブ・ジョブズは違う
彼の言葉には「芸術」「アート」「デザイン」「美しさ」「文化」など、芸術的価値観に対するジョブズの姿勢が伝わってくる言葉が非常に多い。
例えば、次のような言葉。
それに、ジョブズと共に働いた人々でさえ「芸術」という言葉を口にしていた。
ジョブズは「芸術」的価値観で動いていた。
だからこそ、周囲の人々を巻き込み、一緒に働いた仲間でさえ「芸術」という言葉を口にするのだ。
そして、スティーブ・ジョブズの芸術的価値観を知ることができるのがジョブズの有名なスタンフォード大学でのスピーチ
その中でアップルのMacintosh(MAC)の成功に役立ったことに関する話がある。
マッキントッシュの成功に繋がった「点」を1つ紹介したのだが、それがまさに
「芸術」だ
Reed大学中退後、中退したにもかかわらずジョブズがReed大学で学び続けたもの。それがカリグラフィーだった。
カリグラフィーとは文字の芸術。日本の書道と同じように文字を美しく見せるものだ。言わば、西洋の書道だ。
書体
字と字の間の調整
偉大なタイポグラフィ、それが偉大である要素
(タイポグラフィーとは文字の体裁を整える技術だ)
それらを徹底的に学ぶ。
彼いわく、カリグラフィーは美しく、歴史があり、芸術的に巧妙なものだった。
その芸術にジョブズは魅力を感じ、学んだ。
(芸術を学ぶだけではなく、魅力を感じたのだ。芸術に対するセンスは非常に高いのだと思う)
10年後、最初のMacintoshをデザインする時に学んできたカリグラフィのノウハウを活かし、Macは美しいタイポグラフィ(文字)を持った最初のコンピュータとなる。
彼は「カリグラフィーにはまることがなかったら、Macに複数のフォントは存在しなかった。美しいフォントは存在しなかったかもしれない。」と言っていた。
でも、彼が「芸術」「アート」「デザイン」につながるカリグラフィーににはまることがなければ、アップルの製品は美しくなかったかもしれない。
そして、アップルは世界1の企業にはなりえなかったかもしれないのだ。
□復習終了
世の中の多くのビジネスマンが「芸術」に重きを置いてはいない。
ジョブズの言うとおり、「多くの人にとってデザインという単語が意味するのはほんの表面のこと」にすぎない。
でも、ジョブズが「デザインよりも深い意味を持つ言葉はない」と言うとおり、彼の「芸術」「アート」「デザイン」に対するこだわりは非常に大きい。
アップルコンピューターの成功の礎を築いたとも言われる「Apple II」を創り上げた時も同じだった。
当時は板金のケースに入っているものがコンピューターだった。
でも、彼は美しいプラスチックに入ったパソコンを創り上げようとしたのだ。
しかも、プラスチックに入れるだけではなかった。
ここでも
「デザイン」を極めようとした
実際、彼はそのデザインを高名なデザイナーのジェリー・マノックに依頼した。
(マノックはヒューレット・パッカード社のデザイナー)
そして、このデザインのケースがアップル成功の1つの鍵と言われている。
もちろん、スティーブがこだわったケースが成功をもたらしたのだ。
そして、デザイナーのマノックはこう言った。
設立数ヶ月。
この段階でデザイナーに依頼しているところで、通常の経営者とは違う。
単なる技術屋でもない。
でも、考えて欲しい。
設立数ヶ月の段階では信用されない。
信用されないどころか、
見てもらうことができない
AIDMAで言う「注意喚起」をさせることが出来ないのだ。
※AIDMAの法則では、消費者がある商品を知って購入に至るまでに次のような段階があるとされる。Attention(注意)Interest(関心)Desire(欲求)Memory(記憶)Action(行動)
注意を引きつけることができなければ、製品を見てもらうことは出来ない。
その意味で、外観のデザインが非常に重要だった。
実際、スティーブの「芸術」「デザイン」へのこだわりは勝利を導いた。
まさに多くが技術にこだわる中で、技術はもちろん芸術を加えた。
それは「ソフトバンク」の孫正義社長がジョブズが亡くなった後に贈った言葉「とても悲しい。芸術とテクノロジーを両立させたまさに現代の天才だった。」というとおりだった。
コンピューターというテクノロジーを「芸術」的なものにまで高めたのだ。
このApple IIの生産は1993年まで続き、計500万台生産され、大成功につながった。
そして、アップルコンピューターの礎を作ったのだ。




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