老子との対話43

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老子との対話43

同時に多くを極めることはできない。

まず1つのことに集中する。
時間を1つのことに集中し、労力を1つのことに集中する。
一流と言われる人はまず1つのことを極める。

1つのことを極めると、他のことを極めることにもつながる。
もちろん、最初に極めたものと他のことは違う。でも、あることを極めた人は物事を極める能力が鍛えられ、その過程を理解している。

そして、他のことでも一流になっていく。
「1つ」を極めることが「多くのこと」を極めることにつながっていくのだ。

でも、逆は見たことがない

「1つ」も極めず、「多くのこと」を極めるということはない。

考えてみると当然だ。
1つとして極めたことがないのに、いきなり多くのことを極められるわけがない。
あれもこれも手をつけ、あれもこれも同時に一流になれるというほど、世の中は甘くはない。

イチローが会社員もやり、料理教室や音楽教室にも行き、週末はゴルフに行き、夜は飲み歩き、海外ドラマにはまっていたとしよう。
どれもこれも中途半端になる。
一つとして極められず、今ほど大リーグで活躍はしていないだろう。

これは英会話の勉強などをしている方であれば、実感しているはずだ。
1日数時間をかけ、集中してある一定期間取り組まないとレベルはなかなか上がらない。

英会話、フランス語会話、料理教室、音楽教室と様々なことを同時にやりながら、英会話自体に1週間に1時間程度しかかけないのであれば、まず習得はできない。

マルコム・グラッドウェルの「天才」

あの本に書かれている心理学者の研究では、様々な分野の成功者の多くは、ある特定の分野に精通するために1万時間、同じことを繰り返していたと言う。

つまり、多くのことに同時に取り組み、英会話に1週間に1時間程度しか費やさないのであれば、1年で52時間。192年もかかることになる。
記憶の低下もあるのだ。まず実現できない。

そう考えると、スティーブ・ジョブズやオプラ・ウィンフリーが「好きなことをやれ」というのもこの点にもあるのだろう。

一流のレベルに到達するためには1万時間に及ぶ継続が必要。そして、継続するためには自分の情熱が続くものである必要があるからだ。

1万時間と言うと1日1時間で約30年かかる。強制的にやらせても、論理的に正しくとも、人は継続してそれをやることはできない。まず好きなことでないと無理だ。

では、ビジネスを極めるために何をしなければならないか?
これも同じだ。1つのことを極めることだ。

まずは「顧客」を知ることだ。
ここから始めることが重要だと思う。

でも、多くの顧客を同時に知るのではなく、1人の顧客を知る。
オススメの顧客は

「自分」だ

「自分」を極めることだ。
自分がなぜ買うのか、自分がなぜ買わないのか、それを知るのだ。その一流になる。

それが分かると、他の顧客を知ることにもつながる。ひいてはビジネス全体を極めることにもつながってくる。

僕はiPhoneのメモを活用し、買い物をする度に自分の感情の動きを記入している。
そして、それを自分の表計算ソフトで管理する。
そうすると、何を買うのか、何を買わないのかが分かってくる。
買う度にiPhoneをいじくっているのだから、怪しいが。笑

そもそも、夫婦だって、相手の気持ちを完全には理解できない。親友だってそうだ。
当然、多くの顧客の気持ちを理解するのは容易ではない。だからこそ、まず、一人の顧客を知ることだ。

「自分」を徹底的に観察する。
それが多くのことを知ることにつながる。

僕がこのことに気がついたのは随分と前だけど、それから、多くのことが変革を起こした。自分の内側にあるもので、外にある多くのことが解決できる。

例えば、マーケティング関連の書籍で「希少性」の重要性が述べられているとする。
それは正しいのだけど、それでは本当の意味の「希少性」が分からない。
どのような希少性が効果があり、どのような希少性が何の効果もないのか。
それが実感として、理解できないのだ。

でも、「自分」を極めると違う。
感情のゆらぎ、動きが明確に理解できる。
どのような希少性に対し、感情が反応するかが体感できる。
そして、自分という人間を深く理解できた時、初めて他人も理解できる体制ができあがる。

確かに自分と他人は違う。でも、同じ動物であり、人間だ。同じ日本人の場合もある。共通する部分もかなり多いのだ。

本当の意味で心まで知ることができる唯一の人間が「自分」だ。「自分」を知ることで、ビジネス全体にもつながっていく。

1000のビジネス書を読むより、10000のビジネスの情報を知るより、はるかに有益なことだと僕は思っている。

老子は言う。

「戸口から一歩も出ないでいて、世界のすべてのことが知られ、窓から外をのぞきもしないでいて、自然界の法則がよくわかる。外に出かけることが遠ければ遠いほど、知ることはますます少なくなっていくものだ。それゆえ「道」と一体になった聖人は出歩かないでいてすべてを知り、見ないでいてすべてをはっきりとわきまえ、何もしないでいてすべてを成しとげる」
参考:老子道徳経 下篇

追伸:堀江さんが刑務所の中で書いた「刑務所なう」
あの本はまさにこれを感じる。彼の時事ニュースに対する論評は多くのことを予言していく。
天才かと思えるほどだ。刑務所から一歩も出ないでいて、深い見識を感じる。

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