老子との対話39

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老子との対話39

僕は以前保険会社にいた。
保険会社でマーケティング部の管理職をやっていた。当時のことを思い返すと、広告やマーケティング関連のことばかり対応していて、保険会社にいたといたという気はしないけど。

ありがたいことに、当時の広告代理店やその他の企業の方とは今もお付き合いさせていただいている。
つい先日も彼らと飲んでいた。
その時にこう聞かれた。

「そろそろ保険に入りたいと思うんですが、何の保険に入ったらいいでしょうか?」

これは非常に多い。
そして、僕が保険の説明をすると、驚かれる。

「橋本さんってマーケティングの話ばかりだと思ったら、保険のことも知っていたんですね」

とからかわれながら。そうして、ありがたがれる。感謝と言った方がいいかもしれない。
「損するところでした」と感謝されるのだ。

でも、

営業マンとしてお客さまのところに訪問する時は違う。
初対面のお客様だ。当然、身構えている。
「保険会社の社員になんか売り込まれるか?」
そんな表情を僕に向ける時さえある。

「絶対にだまされない」という意識の中で僕を見ているせいか、保険を説明している最中も気を許していないことだってある。
口では「ありがとうございました」と言ってくるが、前者と比べるとまるで違う。

前者も後者も「保険を説明している」ことに違いはないのだ。
前者も後者も保険を説明している。
その点では違いはない。
提供しているサービスも、その説明内容も一緒だ。

違うのは相手だ。
前者は相手が「聞きたい」と思っている時に教えている。
その点が違うのだ。

先ほどの営業マンとして会ったお客さまは違う。
彼らは保険代理店との付き合いなど、どうしても聞かなければならない状況だから、やむを得ず聞いている場合もある。保険会社の人間と会っているが、本気で聞きたいわけではない。

聞きたいわけではない時に教えている。
どう考えても不自然なのだ。
松下幸之助流に言えば、雨が振らないのに傘をさしている。

同じ商品
同じ価格
同じプロモーション
同じ場所

それらが全て同じでも、顧客が不自然な状況であれば、難しい。
僕はそれをマーケティングを仕事にするようになってから心底感じている。
いかに相手の自然な状態を損なわないようにして、関係を築くか?
それが重要なのだ。
自然な状態から「関係」を築くのだ。

老子は言う。

「前に向かって進むのでなく、あともどりをしてもとに返ってゆくのが、『道』の動きかたである。強くたくましいのでなく、弱々しいのが、『道』のはたらきかたである。
世界じゅうの万物は『有』としてのある存在から生まれてくるが、その『有』は『無』としての『道』から生まれてくるのだ。」

参考:老子道徳経 下篇

弱々しい

強引でないから、一見弱々しい。
でも、それが実は効果があり、強いのだ。

相手の自然な状態からの方が関係を構築しやすい。信頼だって生みやすい。

老子の意図とはやや違うが、「私欲」も同じだ。
あなたの「私欲」が有るところからは関係が生まれづらい。相手から奪ってやろうという「私欲」が見えた瞬間、相手はあなたから去ろうとする。

あなたが無理に近づけば、相手は離れる。
あなたの欲を見せれば、相手は離れる。

そうではなく、相手の自然に添うのだ。
相手が近づいた時にフォローする。
相手の意思に沿った形でなるべく対応する。

「その『有』は『無』としての『道』から生まれてくるのだ。」

※ネット広告が詳しい方のために言えば、だからこそ、純広告よりも、検索連動型広告だし、それよりはオーガニックだ。老子を考えれば当然のことだ。

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