老子との対話 33

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老子との対話 33

「俺は凄い」

あなたがある男性と初めて会った時、その男がそのように話してきたとしよう。
言葉はもう少し丁寧だったとしても、そのような言葉を言ってきた男をあなたはどう思うだろうか?

まあ、2通りあるかもしれない

1つはその「凄さ」自体を受け入れない。
「この人の言っていることは大げさだろう?」とか、「嘘だろう」というものだ。

もう1つは、例えそれが事実であり、その「凄さ」を受け入れても、「相手」を受け入れないということだ。
「俺はハーバード大卒、高校時代はラグビー部主将、そして、今はこれだけのことをしている」
というような人がいたとしよう。

この場合、その学歴やラグビー部のことを嘘だとは思わない。
だけど、そのようなことを延々と聞かされることで、「自慢ばかりして嫌な奴だ」と思ってしまうということだ。

これは本当によくある

ビジネスでもプライベートでもだ。
恋愛でもそうだろう。

都内のあるカフェにいた時、男性と女性が2人で向い合って座っていた。
どうやら、付き合ってはいないようで、まだ出逢って何度かしか会っていないようだった。
周りから見てすぐ分かるくらい、男性は必死だった。女性の方にやや前のめりになり、自分のことを次から次へとアピールしている。

「こんなことやあんなことを俺はやってきた」と自分の凄さを大きな声で必死になって伝えている。

女性の方は明らかにつまらなそうで、疲れていた。
どう見ても、女性の心をつかんでいなかった。
「もう少し、相手の話を聞いてあげたり、自分のバカなところも話せばいいのに」
そんなことを僕は思っていた。

でも、怖いのだろう。

自分の凄さを話し、少しでも認めてもらいたいのだろう。ひたすら自分の凄さを話してた。

本当に凄い人は違う

アピールは悪いわけではない。
その人の良さは何らかの形で伝えないと分からない。ビジネスであれば、その商品の良さは伝えないと分からない。

でも、本当に凄い人の多くは自分自身でアピールしない。

言い換えれば、彼ら自身がアピールはせず、彼ら以外がアピールするのだ。
例えば、彼らの「実績」はもちろん、第三者を使って、彼ら自身が話さないようにアピールしていく。

少し具体的に話そう。
ある企業の広告では、自社がその商品の魅力を語ってはいない。広告の中で商品の魅力を語るのは顧客だ。次々に顧客が現れ、顧客がその魅力を話していく。
自分や自社が直接アピールしないのだ。

自分自身や自社をどうしてもアピールしたい。その時は自身ではアピールしないようにアピールする。
それが重要だ。

考えてほしい

ビジネスの世界では、多くの企業がどこもかしこも自社の商品をアピールしている。
多くはアピールしているのだ。
逆に言えば、自分からアピールしないだけで、その他の企業と明らかに差別化できる。

あなた自身があなたの扱っている商品が優れているとは言わないことだ。
顧客に言わせる。
第3者に言わせる。
それ以外に言わせる。
そうして、顧客の反発をさけ、顧客の心に浸透させていく。

その商品の顧客が「この商品は凄いんです。驚きました」と言ったのであれば、それを聞いた消費者は反発はしない。
「自慢ばかりして」とは思わない。

老子は言う。

「偉大な真実の『道』は、あふれた水のように、左にも右にもどこまでもひろくゆきわたる。
万物はそれに頼って生まれてくるのだが、『道』はそのことを人に吹聴したりはしない。
(中略)
それゆえ、聖人がその偉大さを完成するのは、自分から決して偉大だとはしないからこそ、その偉大さを完全なものとすることができているのだ。」

参考:老子道徳経 上篇

僕たちは聖人になるわけではない。

でも、ここで言われていることは重要だ。

自分では「偉大だ」と言わないことだ。

企業をアピールする時
商品をアピールする時
自分でアピールしないことだ。

自分でアピールするのではなく、
顧客や第3者、それ以外のものに言わせるのだ。
そう考えれば、いくらでもアピールする方法はある。

「自分から決して偉大だとしないからこそ、その偉大さを完全なものとすることができる」

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