老子との対話 32

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老子との対話 32

2013年、あなたはどのような目的や計画をたてているだろうか?
僕も目的や計画をたてた。
今、微調整をしているけど、基本的にはその方向でやっていく。

以前も話したけど、目的は非常に重要だ。
目的がなければどこにもたどり着けない。
些細な目的でもだ。

「銀座に行こう」

そう頭の中で行き先を決めるから、地下鉄やタクシーに乗り、銀座にたどり着くことができる。
タクシーで「行き先はどちらですか?」と聞かれ、「いや、決めていない。ただ、走ってくれ」と言っても、銀座にはまずたどり着かない。

まして、ビジネスではより難しくなる。
ビジネスの不確実性の世界の中、進んでいく必要がある。当然、目的なしでは前に進まない。

目的のない行動が無駄とは言わないが、ビジネスで言えば、何も生まない可能性も高い。

ここまで「目的」を持つことの重要性を訴えながら、違う話をするが、実は多くの目的はほとんど役に立たない場合も少なくない。

あなたが会社員だとしよう。
会社に入って3年目くらいだとする。
そこで「年収1000万円を稼ぐ」という目的を持ったとしよう。
長い間努力を続け、昇進し、年収1000万円を稼ぐようになる。
やっと、目的達成だ。

でも、それもいずれ稼げなくなる時が来る。
老子ではないが、上がれば下がるだ。

定年退職に向け給与が下がる場合もあるだろうし、リストラなどもある。
例え、役員まで昇りつめたとしても、リタイアすれば結局報酬がなくなる。

多くの目的は達成されたとしても、いずれ意味をなさないものになる。
歴史的に見ても、形あるものはいずれ崩れる。江戸幕府のような壮大なものであっても、いずれは滅びるようにだ。

そう考えると、「多くの目的は必要ないのでは?」と思うかもしれない。
でも、僕はそうは思わない。

それぞれの目的は先ほどの「銀座」に向かうタクシーのように、ゴールに向かうためには必要なのだ。

そして特に重要なのが「人生の目的」だ。
僕が考える「人生の目的」は以前も話した

自分自身を輝かせることだ

自分自身をその時その時で輝かせること。
自分の感情、強み、考え、行動など。そうしたものを輝かせるように生きていくことだ。
ある人は「熱中」というかもしれないし、ある人は「自分らしく」というかもしれない。
そのように生きていくことだ。

そして、その状態に満足することだ。
いわゆる、何かを達成するという形の「目的」の場合、それを達成した時だけ満足を感じることになる。逆に言えば、それでは人生の大半で満足を感じなくなってしまう。

目的を達成した一瞬だけ満足し、それ以外は何かが欠けている気持ちを抱えながら、生きることになる。

だからこそ、その時その時で自分自身を発揮する。そして、そのことに満足する。

それが非常に重要だ。

20代の方は20代らしく、
30代の方は30代らしく
40代の方は40代らしく
もっと言えば、90代の方は90代らしくだ。

その時その時で他人と比較するのではなく、自分を輝かせる。そのことに満足する時間を送ることだ。

それが最も重要だ。

老子は言う。

「満足することを知るのが、ほんとうの豊かさである。
努力をして行いつづけるのが、目的を果たしていることである。
自分の本来のありかたから離れないのが、永続きのすることである。
たとい死んでも、真実の『道』と一体になって滅びることのないのが、まことの長寿である。」

参考:老子道徳経

努力をして行いつづけるのが、目的を果たしていることである。
自分の本来のありかたから離れないのが、永続きのすることである。

老子はそう言う。
これはまさに同感だ。
努力を行い続けること、それ自体が目的と言える。

その努力を行い続けるためには

自分の好き
自分の性格
自分の考え
自分の行動
自分の強みなど

そうしたものと離れないのが、永続きすることにつながる。
永続きすることで、その強みはさらに磨かれ、より大きな成果を生み、それが世の中に貢献していく。
自分の満足感はさらに高まっていく。

そうして、自分の力を思い切り発揮し、世に残したものは、自分の命と共に滅びることはない。
もちろん、僕ら一人一人の名は残らないかもしれない。それでも、築き上げたものは誰かの役に立ち、それらは形を変えて、この世界に残っていく。
それは滅びることのないものだと僕も思う。

最後の「たとい死んでも、真実の『道』と一体になって滅びることのないのが、まことの長寿である」には様々な解釈があると言われているが、僕は今話したように考えている。

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