老子との対話 30
以前、ある経営者がネット上で顧客のことを非難した。
それを見た僕の友人はその経営者のことを非難していた。
「一体、何様なんだ」と言って。
あなたはどう思うだろうか?
他の経営者はその経営者をかばい、「顧客のことを何でも聞くのは必ずしも正しいわけではない」と言っていた。
これに対しても、僕の友人は「経営者同士がかばいあって嫌な気分だ。許せない。もう、彼らの会社からは買わない」と怒りがおさえられないようだった。
でも、僕の考え方は違う
「お客さまが必ずしも正しいわけではない」という意見には同意する。
ただ、この件に何の問題もないと言うわけではない。
顧客は貴重なお金を支払っている消費者だった。
多額の所得を稼いでいる経営者が貴重なお金を支払っている一般の消費者を非難している図式にしか見えなかった。
しかも、ネット上だ。多くの人が見ているところで非難すべきではなかった。誰だって、人前で非難されるのは気持ちの良いものではない。ましてや、前回の話で言えば、「非難する」ということは武器とも言える。
君子は武器から遠ざかるべきなのだ。
大勢が見るところで、「武器」を使ってはいけない。
まして、それはお客さまだ。
貴重なお金を支払ってくれたお客さまに対して、非難してはいけない。どうしても、言いたい場合は言葉遣いには注意が必要だ。
「武器」の匂いを感じさせない表現であるかどうかを考えて、話すべきだった。
ただ、気持ちは分かる。
血のにじむような努力をし、ビジネスを育ててきたのだ。それを非難された時の気持ちは痛いほど分かる。
でも、ネット上の「非難」は相手だけではなく、その他大勢にも影響を与えることなのだ。非常に注意が必要だ。
それに人を非難しても、人を思い通りに根本から変えることはできない。非難して勝っても、それを果たすことはできないのだ。
老子は言う。
「手を加えない素朴な樸(あらき)は、微小なつまらないものであっても、それを道具として働かせることは世界中だれにもできない。
諸侯や王たちが、その統治のうえで、もしこうした『道』の素朴な立場を守りつづけることができるなら、あらゆる物はおのずから服従してくるであろう。
天と地とは和合して豊かな恵みの雨路をふらせ、人民はことさら命令をしなくとも、おのずから統一される。
(中略)
『道』がこの世界を支配するありさまは、それをたとえてみると、ちょうど大河や海が低いところにあって、川や谷間の流れを自然に集めているようなものだ。」
老子道徳経 上篇
微小なつまらないものであっても、
道具として働かせることはできない
部下なども同じだ。
部下を道具として扱おうとする人もいるかもしれない。でも、人を思い通りに扱うことはできない。
「お金のため」に嫌な上司の話を聞くかもしれないが、心から従うことはない。
ましてや先ほどの件は顧客だ。
お金をもらっている部下ではなく、お金を払っている顧客だ。
上からでなく、下にいることが重要だ。
老子の言葉で言えば、「大河」や「海」のようにいることだ。
「『道』がこの世界を支配するありさまは、それをたとえてみると、ちょうど大河や海が低いところにあって、川や谷間の流れを自然に集めているようなものだ。」
追伸 最近、「老子との対話のシリーズのおかげで老子を読むようになった」という声をいただいている。老子をよく知りたい方は「老子 金谷治」の書籍がオススメだ。ぜひ、ご一読いただきたい。


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