老子との対話 24
2012年11月
GOOのランキングで「授業を聞いてみたい吉本芸人」というものがあった。
あなたは誰の授業を聞いてみたいだろうか?
結果は1位は明石家さんま。2位の芸人を大きく引き離していた。
正直な話、僕自身も明石家さんまの授業を聞いてみたい。あまり機会としてはないが、さんまが真面目な話をしていたのをあるテレビの番組で観たことがあり、「この人はこんなに考え方が深いのか」と思ったことがある。
だからだろう。そんな授業があるのなら、海外でも行きたいくらい聞いてみたい。これが僕の本音だ。
芸人は非常に厳しい世界
そもそも、多くは売れない。
売れたとしても、一発芸人などと言われ、一瞬で消えて行く。一年以内に消える人が多い。
仮に残ったとしても、数年で消える。
それを乗り越えて初めて、安定的に売れる芸人になる。
その厳しい芸能界で芸歴30年
明石家さんまはずっと人気を獲得してきた。
マーケティング的に言えば、さんまのポジションは僕たちの頭の中に深く刻み込まれている。
表現は悪いが、出てきたばかりの芸人のようにどこにも刻まれていないのとは違う。
「明石家さんまとはこういう人」というポジションが刻まれている。
しかも、そのポジションが重い
重い錨をおろしたように、動かない。
時代と共にさんまがやっている番組は違う。番組は違うのだけど、ポジションは同じだ。何一つ変わらない。ある意味では「コカ・コーラ」などと同じだ。
老子は「重きは軽きの根たり」と言った。
「重く沈んだものは、軽く浮かんだものの根本となる。静かに落ちついたものは、さわがしく動きまわるものの君主となる。
(中略)
軽々しく浮ついたことをしていると、根本の立場はなくなり、さわがしく動きまわっていると、君主としての立場は失われる」
軽く浮かんだものというのは川面の葉のようなイメージだろう。
川に流され、どこに行ってしまうか分からない。マーケティングで言えば、ポジションは維持できず、流されるままだ。
僕らの頭の中に深く刻まれはしない。
でも、さんまのような芸人は川底に重く沈んだ石のようにあるポジションに落ち着いている。さんまは早口で軽い印象だけど、それとは真逆でポジションは重い。
僕らの頭の中では一カ所にとどまり、イメージを作り上げている。
記憶に残らず、売れないものは川面の葉のように流されて行く。
その意味でスピードは必要だが、重くあることだ。
実はこれはポジショニングの話だけではない。多くの場面で目にする。
企業も同じだ。多くの社員はさわがしく動き回る。でも、トップに近づくにつれ、静かに落ち着き、どっしりとしたものとなっていく。逆に言えば、本質的な部分も軽い人はトップにはなれない。いや、重くなっていくと言った方が良いか。
スピードがあるとしても、早口であったとしても、基本的な部分は重くあること。
それが非常に重要だと僕は思う。


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