老子との対話 14

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老子との対話 14

「藤田社長って、いるかいないか分からないですね」

サイバーエージェントの藤田社長はこう言われたことがあったらしい。

でも、それは藤田社長自身が社長業をはじめて以来、意識していることだった。
社内の自主性を損なわないため
社外の無用な警戒心を抱かせないために

数年前、藤田社長は自身のブログにそうコメントをしていた。考えてみると、経営者や政治家の方にはこの「いるかいないか」を目指すという方も少なくない。

従業員だったら

実際、僕たちが従業員だったら、それが理想だろう。
上司があらゆることで指示し、命令してきたらどうだろうか?
上司の存在感を必要以上に感じるようなケースでは、僕たちは「やらされている」という気になってくる。

「俺がやった」という気持ちはなく、「アイツ(上司)にやらされた」という気持ちになってくる。

当然、モチベーションはなくなる。
仮に成果が上がって、上司が「良かったな!成果があがって、嬉しいだろ?」などと言ってきても、「はい」と一応答えるけど、本音は「少しも嬉しくないな」というのはよくあることだろう。

ダニエル・ピンクが「やる気を出す」ために第1に重要だと言ったのが「自主性」。好きだからやる。重要だからやる。面白いからやるということだ。

自らの外側からのものではなく、内側から強く生まれでたものの方が圧倒的にやる気になる。その結果、成長し、大きな目的に貢献できれば最高だ。
その成長や結果でさらに「やる気」になり、自らの内側がグツグツと燃えるような気持ちになってくる。

社長と従業員の話だけではない。
上司と部下の関係もある意味では同じだ。
上司が何もかも指示し、存在感を示していたら、部下は自主性を失い、上司のことばかり意識するようになる。
意識が「自分」ではなく、「他人(上司)」に移るのだ。自分の意識なのにだ。
それを四六時中意識していたら、もはや自らの心が燃えることはなくなる。

2600年前の偉人、老子は「君主」についてこう述べる。藤田社長が述べていたことに非常に近い。

「最もすぐれた君主というものでは、ことさらな政治はしないから、下々の民はただそういう人がいるということをわきまえるだけである。(中略)君主がこせつかずに悠然として、ことばを慎んで口出しをしなければ、それで仕事の成果はあがり事業は完成して、しかも人民たちはだれもが『自分はひとりでにこうなった』というであろう」
参考:老子道徳経 上篇

実際に政治をしていないというわけではない。社長で言えば、実際に社長業をやらないというわけではない。

ただ、政治があるのを人に意識させてはいけない。
真実はどうであれ、僕たちだれもが「ひとりでにこうなった」というような状態にすることが自然に沿った政治であり、最高のものだということだ。

「この成果はオレが成し遂げたんだ」
「オレたちが成し遂げたんだ」と

そう社員誰もが充実感を感じることが重要なのだ。

「社長って、いるかいないか分からないですね」
藤田社長の理想はまさに老子のそれと同じなのだろう。

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