日本を代表する偉大な建築家の言葉
今回、ご紹介するのは日本を代表する建築家。
村野藤吾
ご存知のとおり、20世紀の日本を代表する建築家だ。
彼は世界平和記念聖堂、迎賓館本館の改修、佳水園の設計など。
数多くの建築を手がけた。
彼が偉大な建築家となったのには「彼の決断」にあった。
Wikipediaを参考にして、お話しすると
1910年に福岡県小倉工業学校(現小倉工業学校)を卒業し、その後、八幡製鐵所に入社。
1911年から2年間にわたる従軍中に学問に興味を持ち、
1913年、早稲田大学理工学部電気工学科に入学した。
通常であれば、そのまま卒業するのが一般的だろう。
でも、彼はここでその道を歩くのをやめる。
「自分には向かない」
そう考えるのだ。
そして、1915年、同大学の建築学科へ転学。
27歳で卒業することになる。
まさに、この決断が後の日本を代表する建築家を生んだとも言える。
そして、彼は「死」の直前まで凄まじい。
彼は90歳を超えても創作意欲は落ちず、93歳の死の前日まで仕事をしていたということだ。
そのことは今も伝説になっている。
今回、最後にご紹介するのは
93歳まで走り続けた偉大な建築家 村野藤吾の言葉。
それをお届けしたい。
偶然にも今ご紹介している「スペインの旅 資本主義」に関連する言葉だ。
「時流に乗るな、
多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ」


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