友人の言葉
昨日、友人らが僕の住んでいる街に遊びに来た。
バカな話をしたり、真面目な話をしながら、美味いものと美味いお酒を飲み、1日を過ごしていた。
その中で考えさせられた言葉があった。
友人の一人が言った。
「『これは自分なら行ける』そう思ったものは大抵うまくいく。特にスポーツの世界はそうだ」
そう話した。
彼なりの経験からそう話したのだろう。
僕はその彼の考えに興味があったので、少し尋ねた。
「スポーツ以外はどう?」
すると、彼はこう言った。
「スポーツ以外もそうだと思うけど。難しいと思う。
なぜなら、自分の強みが見えにくいから。自分の強みは自分が既に持っているものだから、その強みを当たり前に感じてしまう」
そう話した。
これはブログにも何度か書いたことがあるし、自分自身でもそのとおりだと思うのだけど。
友人に言われて再認識した。
「よく分からないな」
そう思う方もいると思う。
乱暴に言えば、あなたが人を「調整する力」を持っていたとしよう。
多くの人が議論している時に出席者それぞれの強みを最大限生かし、最高の結論を導き出す「調整する」最高の能力を持っていたとしよう。
その場合、既にそれを持っているために、その「強み」を当然のことだと思ってしまう。
自分じゃ分からないのだ。
そのため、あなたはその力をほとんど無視し、自分が持っていない他人の「強み」ばかりを気にしてしまう。
この例で言えば、議論の中で強引に意見を言い、相手を論破するような「能力」に憧れを持ってしまうかもしれない。
「俺は人の調整ばかりで、全然できていない。自分の意見を強引に言い、反対意見を論破し、リードしていく力がほしい」というようにだ。
そして、Amazonで「相手を論破する力」などという本を買ってしまったり、学んでしまう。
でも、それはあなたの強みではない。
あなたの強みはそのような人を含めた全ての人を調整する力だ。
その目の前の能力を誰もが持っている平凡なものだと思い、その力を損なうような強みを手に入れるため、必死になって頑張る。
ここ最近話している「老子」の言葉で言えば、自然ではないのだ。
自分の強みがあるなら、その強みを使えばいいし、その強みを磨けばいいのに。
その強みを損なうような「相手を論破する力」を手に入れようと無理し、最高の調整力は平凡な調整力以下のものとなる。
そして、何一つ大したことができない人になっていく。
だからこそ、
強みを探すことだ
でも、これが友人の言うとおり、難しい。
自分が既に持っている能力を本人は軽視してしまうからだ。
僕が今まで学んだことの中でも最も重要なことはここだ。
自分の「強み」を認識していないと、このようなことが起きる。
先ほどの例と同じく、いくら知識や情報を増やしても、間違った方向に進む。
最悪は自分の強みを失うことにさえなる。
僕の「強み」や「好き」にこだわるのは、このことが原因だ。
ただ、その「強み」や「好き」を探すのは長い期間をかけて取り組むべきものだ。
仕事をし、色々な経験をしていく中で、それを絶えず探し出し、自分の本当の「好き」「強み」の本質を手に入れ、それを磨きあげるようにしていく。
それが見つけ出せた時の感動
それを磨いていく時の感動
それは本当に素晴らしいものだ。
僕はもうこれを10年以上は続けている。
その僕の経験から言わせてもらうと、最初に見えてくるのは「強みらしき」ものだ。
先ほどの「調整力」などがまさにこれだ。
でも、その模索を続けていくと、より明確なものになってくる。
無駄なものをそぎ落とし、そして強みだけを輝かせるようにしていくとより明確なものが浮かび上がる。
例えば、先ほどの「調整力」の源泉となるものが見えてくる。
最高の調整力を生み出しているのは自分の持つ「○○」という強みだということが見えてくるのだ。
さらにそれを続けていく。
すると、先ほどの「○○」を生み出す「◎◎」が見つかる。
「強み」を探すのは一生涯をかけていくものかもしれない。
その意味では数ヶ月取り組んだ程度ではぼんやりとしか見えてこないかもしれない。
でも日々その強みが手に入ってくるだろう。
最後に参考まで。
ドラッカーはその強みを探すために50年続けていたことがある。
それがフィードバック分析だ。
「何かをすることに決めたならば、何を期待するかをただちに書きとめておく。九ヵ月後、1年後に、その期待と実際の結果を照合する。」
そうドラッカーは述べていた。
僕の方法論とは違うが、「強み」を見つけ出すことの重要性は全く同感だ。
ぜひ、あなたも何らかの方法で見出してほしい。
あなたの人生が実感できるほど変革を起こすはずだ。


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