人間の可能性
人の能力に衝撃を受けたのは
中学生、高校生の時期だ。
中間試験や期末試験前に教科書のかなりの範囲を「一夜漬け」で記憶する。
全く覚えていなかった学生が
その翌日にはその内容をスラスラと話せるようになる。
一夜漬けをした自分に対しても、自分以外の学生に対しても「凄いな」と思っていた。
「その努力を毎日少しずつやれば良いのに」とは思わなかった。
むしろ、「凄いな」ということだけだった。
通常では覚えられないような範囲を
追いつめられた状況では覚えることができる。
これは好きなものに対してもそうだ。
私の知人は自転車。
ロードレースが大好きなのだが、
はまったのはそれほど昔ではない。
だが、一瞬にして、専門的なことを次から次へと話し始める。
この次のレースは「3級山岳」だの、誰々がどうだの?
しまいにはギア比がどうだとかになってくる。
追いつめられていたり、
好きなものにはまった時だったり、
そのような時の人の能力は本当に凄まじい。
でも、その凄まじい能力をさらに凄くするためには「長期間」継続することが重要だ。
たった1日でも凄まじいのだ。
そのような能力を長期間継続できれば、人の能力はまさに無限になるようなものだ。
そのためには、
中間試験や期末試験のように、ある程度追いつめられていることだ。
動物だってそうだ。餌を自らがとる野生の動物の方がはるかにたくましい。
また、好きなものもそうだろう。
好きなものや、情熱を感じるもの。
そのようなものを仕事に選び、10年20年と積み上げた時の人の能力は信じられないような成果を成し遂げる。
私はそう思っている。
将棋界最強の男、
羽生善治氏は次のように話している。
「以前、私は、才能は一瞬のきらめきだと思っていた。
しかし今は、十年とか二十年、三十年を同じ姿勢で
同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。」
才能とは「同じ姿勢で同じ情熱を傾けられること」
つまり「モチベーション」だ。
それこそが才能だと私も考えている。
たった1日でも凄まじいのだ。
それを10年、20年、30年と同じモチベーションで続けられたら、どのような方も無限の可能性を持っていると私は思う。


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