スペインの旅「質と美」6
本日は早朝からバタバタしていた。
そのため、これからブログを書きたいと思う。
前回はアルハンブラ宮殿を見る日、ガイドの方とホテルのロビーで会った話をした。
ジャケットをスマートに着こなす50代くらいの日本人男性。
でも、彼はどう見ても日本人離れした雰囲気だった。
彼はいわゆる日本人ではなかった。
人生の大半をサウジアラビアなど、イスラム圏で過ごして来た。
前回はそのようにお話しした。
日本語すら微妙だった。
外国の方と話しているような微妙な発音とアクセントだった。
失礼にあたると思い、そのようなことは一言も言わなかったが。。
宗教
彼の宗教の話はしなかったが、振り返ってみると、どう考えてもムスリム(イスラム教徒)の方だと思う。
言葉の端々から「イスラムの考え方」や「アラブの素晴らしさ」が伝わって来る。
さて、これからご紹介する「アルハンブラ宮殿」は元々はイスラム教徒の宮殿
その意味ではそれを本当の意味で伝えられるのは、ムスリムの方でないと無理なのかもしれない。
今、振り返ると、そう思う。
それでないと、宮殿の表面的なことしか、説明できない。
その意味で、良い意味で彼は単なる日本人ガイドではなかった。
彼は「イスラム」の考え方から、その宮殿を説明してくれたのだ。
ガイドをしてもらって、すぐに判明したことがあった。
このブログの前々回の記事の最後、ある建物の話をした。
アルハンブラ宮殿を見る前日にホテルの周りを私が散歩している時に見つけた建物だ。
(次の写真の建物だ)
私はこの建物を「アルハンブラ宮殿」の一部だと考えていた。
でも、実はそれは私の見たかったアルハンブラ宮殿ではなかった。
1492年
カトリックのレコンキスタ(領土回復)により、グラナダが陥落した。
そして、アルハンブラ宮殿はキリスト教国スペインの管理下になった。
その後、上の「ある立派な建物」、「カルロス5世の宮殿」などの建設が始まったのだ。
つまり、写真の建物は純粋なアルハンブラ宮殿ではなく、イスラムの建築でもなく、カトリックの建築だった。
アルハンブラ宮殿の一部ではあるが、それは私の見たかったものではなかったのだ。
「イスラムの建築に負けないもの」をと考え、キリスト教徒によって建てられた宮殿だが、その建設中に皇帝が亡くなり、宮殿は未完のままとなった。
その意味では中途半端なのはやむをえないのだが、立派なのは外だけ、中身は立派どころか、寂しいものだった。
外側だけ取り繕っているような建物だった。
でも、イスラム建築であるアルハンブラ宮殿は違っていた。
外は単なる外壁でできているような、何の装飾もないものだった。
おそらく、あなたが目にしても、外からは決して世界遺産だとは思わないだろう。
単なる外壁だ。
大したことはない外観だった。
一度、ご覧いただいた景色の中にある左の方にある外壁がその一部だ。
外から見ると、何の変哲も無い建物だった。




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