「スティーブ・ジョブズは
世界最高の経営者か? 5」
「スティーブ・ジョブズは世界最高の経営者か?」
今回はその第5回目。
彼はよく言われているような「世界最高の経営者」ではない。
というよりはむしろ「世界最高の<経営ができる芸術家>」。
そう、お話しした。
まずは、これまでの復習からお伝えしたい。
(復習など必要のない方は読み飛ばして欲しい)
□復習
これまで「芸術」に対するジョブズの「言葉」。
それにジョブズと共に働いてきた仲間の「言葉」もご紹介してきた。
それらの言葉からは「芸術」「アート」「デザイン」「美しさ」「文化」など、芸術的価値観に対するジョブズの姿勢が伝わってくる言葉が非常に多い。
復習なので、1つだけご紹介するが、次のような言葉だ。
また、ジョブズの芸術的価値観を知ることができるのが有名なスタンフォード大学でのスピーチ。そのスピーチの中でアップルのMacintosh(MAC)の成功に繋がった「要因」を1つだけ紹介したのだが、それがまさに
「芸術」だった
Reed大学中退後(中退したにもかかわらずジョブズがReed大学で)学び続けたもの。それがカリグラフィーだった。カリグラフィーとは文字の芸術だ。
書体
字と字の間の調整
偉大なタイポグラフィ
(タイポグラフィーとは文字の体裁を整える技術だ)
それらを徹底的に学ぶ。それは芸術やデザインを学ぶことにつながった。
それから10年後、最初のMacintoshをデザインする時に学んできたカリグラフィのノウハウを活かし、Macは美しいタイポグラフィ(文字)を持った最初のコンピュータとなる。
ジョブズは「カリグラフィーにはまることがなかったら、Macに複数のフォントや美しいフォントは存在しなかったかもしれない。」と言っていた。
でも、ジョブズが「芸術」「アート」「デザイン」につながるカリグラフィーににはまることがなければ、フォントどころか、アップルの製品も美しくなかっただろう。
それどころか、アップルは世界1の企業にはなりえなかったかもしれないのだ。
そして、アップルの成功の礎を築いたとも言われる「Apple II」を創り上げた時も同じだ。
当時は板金のケースに入っているものがコンピューター。
でも、ジョブズは美しいプラスチックに入ったパソコンを創り上げようとした。
さらに
「デザイン」を極めようとした
彼はそのデザインを高名なデザイナーのジェリー・マノックに依頼した。
(マノックはヒューレット・パッカード社のデザイナー)
このデザインのケースがアップル成功の1つの鍵と言われている。
実際、デザイナーのマノックはこう言った。
考えて欲しい。設立数ヶ月の企業など信用されない。
信用されないどころか、
製品を見てもらうことができない
AIDMAで言う「注意喚起」をさせることが出来ないのだ。
※AIDMAの法則では、消費者がある商品を知って購入に至るまでに次のような段階があるとされる。Attention(注意)Interest(関心)Desire(欲求)Memory(記憶)Action(行動)
注意を引きつけることができなければ、製品を見てもらうことは出来ない。
その意味で、外観のデザインが非常に重要だった。
このジョブズの「芸術」「デザイン」へのこだわりが勝利を導いたとも言える。Apple IIの生産は1993年まで続き、計500万台生産、大成功につながった。
□復習終了
「すでに大量生産しているように見えた」
このジェリー・マノックの言葉。
「すでに大量生産しているように見えたんだ」という意味が分かりづらいという方もいたので、少し説明をしたい。
一般的な話をすれば、設立数ヶ月の企業の製品など大抵は良くは思われない。
そもそも、外観が悪い。
ましてや、大企業の製品などと比べれば、圧倒的に外観が悪く見えるのが普通だ。
外観が悪ければ、見向きもされない。
顧客は中身など見てくれないのだ。
しかし、「Apple II」は違った。
デザインされたプラスチックケースに入ったコンピューターだった。
そのおかげですでに大量生産しているような素晴らしい製品に見えた。
デザイナーのジェリー・マノックの言葉を借りれば、ほかの野暮ったい製品に比べ、すでに大量生産しているような製品に見せることができたということだ。
まさに芸術の勝利だった。
他の企業が技術にこだわっているところで、アップルは技術に加え、「芸術」を組み込んだ。
それが勝利を呼び込んだのだ。
そして、今回お伝えすること。
それは、その
「芸術」についてだ
そもそも、「芸術とは何か?」
辞書では「特定の材料・様式などによって美を追求・表現しようとする人間の活動。および、その所産。絵画・彫刻・建築などの空間芸術、音楽・文学などの時間芸術、演劇・映画・舞踊・オペラなどの総合芸術など。」と言われている。少々難しい。
そこで、今回は私が考えるビジネスの面における「芸術」について、お伝えしたい。
まずはある話をしたい。
1987年のこと。
英国ロンドンであるオークションが行われた。
その目玉として出品されたのはゴッホの「ひまわり」
その「ひまわり」を落札したのが日本企業である当時の安田火災だった。
私はそのニュースを鮮明に覚えている。
テレビには「ひまわり」が美し出され、その絵の下にはその絵画の価格が表示されていた。
「ひまわり」の落札額は
約53億円だった。
その時の私はその途方もない金額に驚いていた。
今、調べてみると、落札したのは1987年3月30日。
貴重な絵画だっただけに飛行機の便名や到着時刻などは秘密にされ、同年7月20日に成田空港に到着したらしい。(Wikipedia)
実際には絵画の価格が約53億円。
オークション手数料、保険料なども合わせると約58億円かかった。
今、考えてみても途方もない金額だった。
そこで質問だ。
「価値が高いものと言うと何をイメージするだろうか?」
人によっては土地や建物などの不動産かしれない。
またダイヤモンドなどの宝石類や金などをイメージする方もいるだろう。
そして、先ほどのゴッホの「ひまわり」のような美術品、芸術品などもあるだろう。
これらについて考えて欲しい。
多くのものは価値の変動はあるが、既に価値があるものだ。
土地や建物などには既に価値がある。
価値の変動はあったとしてもある程度の価値があるのだ。
ダイヤモンドや金も同じだ。
非常に希少価値が高く、既に価値がある。
ところが美術品、芸術品は違う。
先ほどのゴッホの「ひまわり」だけではない。
現代の芸術品だって、最初から価値があるものではない。
たった一人の人間。
それがわずかな「筆やオイルや絵の具」。
そうしたものから、生み出される絵なのだ。
それが価値を生む。
「無から有を生み出す」どころではない。
「無から圧倒的価値を生み出す」もの。
それが芸術だと私は思っている。
この「無から圧倒的価値を生み出す(可能性のあるもの)」ものこそ、私の考える、ビジネスの側面から見た「芸術」だ。
先ほどのゴッホの「ひまわり」だけではない。
世界でも高価だと言われている芸術品であれば、次のようなものがある。
(価値は2010年時点)
アルベルト・ジャコメッティのL’Homme qui marche Iは約1億430万ドル。
パブロ・ピカソ Parisian boy smoking a pipe (painting)は約1億410万ドル。
そして、同じくパブロ・ピカソ Dora Maar au chatは9520万ドル。
グスタフ・クリムト Portrait of Adele Bloch-Bauer IIは8790万ドル。
フランシス・ベーコン Triptychは8360万ドルだ。
参考: CNN Money
■アルベルト・ジャコメッティ のL’Homme qui marche I
凄まじい。
これらはまさに無から圧倒的価値を生み出した芸術品の代表例だ。
「無から圧倒的価値を生み出す」芸術。
それはここ数十年のものではない
単なる流行のようなものではないのだ。
歴史的に言えば、古代ローマの時代にも同じように芸術は存在した。
絵画、彫刻、建築において、「芸術」は存在していた。
その意味では、紀元後、少なくとも2000年もの長い間、人間と共に存在してきた価値のあるもの。
そして、絶対的なもの。それが「芸術」とも言える。
「無から圧倒的価値を生み出す(可能性のあるもの)」芸術
その力を活用したのがまさにスティーブ・ジョブズだ。
次回以降、さらにそれらをお伝えして行きたい。




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