「スティーブ・ジョブズは
世界最高の経営者か? 24(修正版)」
ひどい内容だった。
前回の記事は「スティーブ・ジョブズは世界最高の経営者か?」の「24回目」だった。
だが、昨日の記事をアップした後に確認したら、ひどい内容だった。
誤字が見つかった。
もちろん、文章を理解できる範囲での誤字であればまだ良いが、それだけではなかった。
唐突な展開が多く、論理の飛躍も見られた。
例えば、「ブラウン」などの企業名を唐突にお話ししていたが
それが何を意味するのか説明されなければ読者の方は分からないような箇所も多かった。
そのため、再度同じ回のものをお話しさせていただきたい。
(前回の記事は削除させていただく)
それでは24回目の内容をお話ししたい。
前回は起業後、ジョブズがはまっていた製品についてお話しした。
「ソニー」の製品だった
ジョブズの自宅にはモノがほとんどなかった。
家具や製品がほとんどなかったのだ。
芸術的で非常にこだわりが強かったため、気にいるものがなかなか見つからなかった。
逆に言えば、部屋に置かれている家具や製品はジョブズの芸術的なこだわりをクリアしたものだった。
その数少ない製品の中に「ソニー」があった。
部屋に置かれていたのは
ティファニーのランプ
アンティークなダイニングテーブル
そして、SONYのトリニトロンテレビなどだった。
参考:「Steve Jobs」
その当時のものかは不明だが、ジョブズの部屋は次のような感じだった。
ほとんどモノがなく、厳選されたモノしかなかったのだ。
そこにSONYは選ばれていた。
アップルの最初の事務所はソニーの営業所と同じビルに入っていた
そこでも、ジョブズはソニーの営業所に立寄り、ソニーのマーケティング資料やパンフレットなどをチェックしていたらしい。
SONYの製品を使い、SONYの営業所に立ち寄るくらい好きだった。
この時期はジョブズは優れた工業デザインが差別化の鍵を握ると考えていた。
そして、SONYはその点で優れていると考えていた。
ちなみに工業デザインというのは言葉のとおり、工業製品のデザイン。
工業において美しさを追求し、その結果として製品の商品性を高めるものだ。
ただし、美それ自体が目的である「芸術」とは区別される。
(この区別が重要なポイントだ)
ところで、デザインが優れた製品を生み出す企業として
あなたもSONYが思い浮かんだはずだ。
「SONYも非常に格好良い製品」
私も同感だ。
SONYの製品も格好良いと思う。
しかも、SONYの製品にはSONYらしさがあり、明確な個性がある。
アップルの製品にアップルらしさがあるのと同じだ。
デザインにこだわりがあり、そのデザインには個性がある。
それについてはアップルとSONYは同じ方向性にある。
製品の外部。
つまり、デザインに力を入れ、人の視覚に影響を与える。
芸術家であるジョブズが好きだったくらいなのだ。同じ方向だったのだろう。
1981年6月
だが、1981年6月にジョブズはSONYとは別の方向に進む。
(ここからは伝記「SteveJobs」やその他書籍などと私の推察も組み合わせた内容だ)
1981年6月、ジョブズはコロラド州アスペンで催された国際デザイン会議に参加した。
この会議で「バウハウス」の哲学に非常に大きな影響を受けた。
「バウハウス」のことは伝記「Steve Jobs」にも詳しく書かれていない。
だが、これが非常に重要なのだ。
バウハウスとは1919年に設立された美術と建築の総合的な教育を行なう学校
この学校はナチスにより廃校となった。1933年のことだ。
1981年当時で考えれば、50年ほど前のことだ。
だが、1933年に廃校となったその学校の「デザイン哲学」の影響はその時点でも残っていた。
国際デザイン会議でバウハウスの流れをくむデザイン哲学に触れる。
ここで重要なポイントは「工業」と「芸術」を区別すべきものでないという点だ。
「工業デザイン」という定義は様々あると思う。
でも、先ほど説明したとおり、工業デザインというのは言葉のとおり、工業製品のデザイン。
美それ自体が目的である「芸術」とは区別されるのだ。
(国際デザイン会議に参加される前のジョブズはこの「工業デザイン」が差別化を生むと考え、その中で優れた製品が「SONY」だった)
だが、バウハウスの哲学は違った。
「工業」の範疇ではないのだ。
「工業」と「芸術」とが区別なく、一体となっているものだ。
それはまさに芸術だった。
そして、その2年後の1983年のアスペン国際デザイン会議で
ジョブズは「バウハウススタイルを信奉している」と語った。
そして、次のように語った。
そう語った。
そして、バウハウススタイル、言い換えればバウハウス流のデザインを目指すのだ。
それは工業デザインではなく、芸術だった。
そこでこだわったのは「黒に黒のような製品」ではなかった。
ジョブズがそこで美しいと感じていたのは「ブラウン社」の家電だった。
ジョブズは次のような言葉を言う。
「ブラウン社の家電のように、白くて美しい製品」
「明るくピュアな製品、白い製品」
これを目指すことにしたのだ。
これにより、ソニー製品のように黒の外観、工業製品的外観にはしないとした。
この時のジョブズの言葉、そして決意はアップルを世界1にした成功要因が詰まっている。
実は1960年代のブラウン社の商品は現在のアップルの製品デザインと非常に似ているものが多い。
例えば、次のようなものだ。
(ブラウン社のデザイナーはディーター・ラムス)
左:ブラウン社ラジオT1000 右:アップル社Power Mac G5
参考:1960s Braun Products Hold the Secrets to Apple’s Future
「工業デザイン」ではなく「芸術」レベル
SONYが悪いというわけではない。
実際、工業デザインの中ではSONYのデザインは他を圧倒するものだった。
工業デザインを極めることは成功要因だった。
私もSONYのPC VAIOなどを使っていた時期もあるが、人気があったのはまさにそのデザイン力だったと思う。
だが、アップルは「芸術」を目指した。
「ブラウン社の家電のように、白くて美しい製品」を目指したのだ。
これは女性客を獲得することにもつながっている。
SONYの製品は格好いいが、女性が「かわいい」と言わない製品だ。
今でも「格好良い」という評価は聞くが、「かわいい」という評価は聞かない。
(ピンク色の製品もSONYは出しているが、かわいくはない)
でも、アップルは女性に「かわいい」と言われる製品だ。
これはおそらく「白くシンプルで明るい製品」を目指したことによるものだろう。
「シンプル」と「明るさ」を共存させた芸術品だからこそ、アップル製品は男性からは「シンプルで格好良い」と思われ、女性からは「かわいい」と思われる。
戦略的に言えば、
「工業デザイン」の範疇でもデザインを極めれば、SONYはその強みを発揮していた。
ある意味、そのレベルでも競合は少なく、差別化を実現することができた。
だが、アップルはそこからさらに一段上を目指したのだ。
ハイテク製品、コンピュータの世界で、工業製品ではなく、
白く、明るく、美しい「芸術品」を創り上げようとした。
「近代美術館」におさめられてもおかしくないレベルを追求した。
デザインによる「ブルーオーシャン戦略」だった
CPUやメモリーなどを追いかける単なるパソコンではなく
工業デザインのレベルを高めるSONY製品でもなく
芸術品を求めた「ブルーオーシャン戦略」だった。
人の感覚で言えば、視覚の世界での「ブルーオーシャン」だ。
パソコン市場という強烈な成長市場でデザインで圧倒的な差別化、ブルーオーシャン戦略を実現しようとした。
競合はいない差別化だ。
1980年代
それはまだ工業デザインを極めることでも時代の先端にいることができた時代だ。
ガンメタやブラックのパソコンでも美しいとされた時代に白く美しい「芸術」を目指したのがジョブズだった。
そこから、「芸術」を目指し、シンプルさを追求し、外部で内部の強みを表現し、外部で使い方をも表現する。
そして、究極の「芸術」につながっていく。






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