スティーブ・ジョブズは 世界最高の経営者か? 12

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「スティーブ・ジョブズは
世界最高の経営者か? 12」

ここまで、スティーブ・ジョブズの「芸術」の面をお話ししてきた。
もちろん、彼には「ビジネス」の面、テクノロジーやエンジニアとしての「技術」の面もある。

だが、ジョブズの強みはやはり「芸術」
もっと大きく言えば、「見せ方」だ。
相手の感覚を操るのがうまい。
それは「芸術」的センスから来るものだ。
色であったり、デザインなど、通常の経営者では感じることができない部分だ。

だからこそ、製品は他を圧倒するデザインになり、
だからこそ、プレゼンは他を圧倒するプレゼンとなる。
ご紹介してきたiPodでの裏蓋の研磨のこだわりも
店舗のドアノブ一つでも数億円をかけて試作するのも
人間の五感「触覚」へのこだわりだ。

芸術的な感性を持っている方であればこその当然のこだわり。
でも、それがビジネスマンではなかなか持ち得ない。

芸術家が芸術の世界で戦うのではなく、
ビジネスの世界で、「芸術」の感性を持ち得ない相手に対し、「本物の芸術家」が暴れている。
そのようにしか見えない。

「感覚」にこだわる芸術的センスを持たない多くのビジネスマンは彼と戦えない。
そもそも、競争している土俵が違うのだ。

ビジネスやテクノロジーの面から見ると、彼の強みは見えてこない。

「イノベーション」やら「プレゼン」やら、ビジネスの世界で言われているような言葉では彼の強みは見えてこない。
だが、芸術家という視点で見ると、明確に見えてくる。

「ビジネスの面」は?

伝記「スティーブ・ジョブズ」の著者ウォルター・アイザックソン
彼はジョブズに約3年にわたり、インタビューをした。
ジョブズだけではなく、家族、関係者にもだ。
その上で「ジョブズ氏は最も優れた経営者ではなかった」と答えている。
「ビジネス」の面では世界1の企業をつくれる強みを持っていないのだ。

確かに交渉力もあっただろう。
でも、他の多くの経営者を圧倒するようなビジネス力ではなかった。
人を罵倒し、敵も多かったのだ。

では、「技術面」はどうか?

このブログにもジョブズファンの方が数多くいらっしゃる。
そのような方には釈迦に説法だが、
そもそも技術的には彼は能力が高いとは言えない。

彼と共にアップル創業メンバーであったスティーブ・ウォズニアック
エンジニアとしてはジョブズより圧倒的に上だった。

ウォズニアックは日本で言う中学二年生の時には、2進法で計算する電卓を作り、空軍が主催する地域のサイエンス・フェアで最優秀賞をとる。
しかも、高校3年生が対象のコンテストでだ。中学生の段階でまさに天才であった。
「魔法使い」と言われるほど、技術的な世界で成し遂げられないものはないと思われるほどだった。

実際、アップル2の生みの親はウォズニアックだと世間的には認知されていた。
ジョブズではなかったのだ。

確かに世間が言う通り、ウォズニアックがいなかったら、アップル2は生まれなかった。
でも、ウォズニアックだけだったら、アップル2はそこまで人気は出なかった。
一部の人が買うだけで終わっていただろう。

「技術」に「芸術」を加える

ジョブズには人に伝える力。見せる力があったのだ。
さらに「視覚」的な面だけでなく、「触覚」や「聴覚」に至るまで人間の感覚にこだわるようになる。
それはジョブズの言葉の多くに見られる「芸術」を目指す意識が生み出すものだろう。

実際、ウォズニアックの天才的なボードをフレンドリーなデザインにしたのはジョブズの力だった。
「技術」に「芸術」を加えたのだ。
(発明家という考え方もあるが、同じ創造でも美しさを求める「芸術」が適している。)

だからこそ、
パソコンという「技術」の世界(テクノロジーの世界)を
ジョブズの得意な音楽や映像などの「芸術」の世界ともつなげようとしたのだろう。
それはビジネスというよりはむしろ芸術家であったからこそ、自然な行為だったのだと私は思う。
「音楽や映像が儲かる」という側面もなくはないだろうが、それが彼の好きなことなのだ。

音楽や映像にどっぷりとはまったことがない、
「芸術」に狂ったことがない経営者がやるのではない。

ジョブズは「芸術」にはまって生きてきた

10代ではボブ・ディランなどの音楽を狂ったように聴き、
シャイクスピアやディラン・トマスなどの詩や文学にはまり
禅の世界、瞑想にはまり、導師を求め、インドに行き、出家さえも考えた。
さらにドラッグにはまり、物事には別の見方があると分かった。
そして、カリグラフィーで西洋書道という芸術にはまったのだ。

彼の芸術面、そして文化に対する感性は磨かれて行った。

そして、論理的分析より「直感」を重視するようになったのだ。
論理的思考、論理的分析を重視する、いわゆるビジネスとは違う。
自分の「直感」を信じるのだ。
「論理的思考」がいわゆるビジネスであれば、「芸術的直感」はその対極にある。

彼が生きてきた道の至るところに「芸術」がある。
伝記「スティーブ・ジョブズ」にも何度となく書かれているが、「アートとテクノロジーの交差点に立とうとした」とあるが、まさにそうだったのだろう。
「技術的なこと(テクノロジー)」に、彼の強みであり他の経営者が持ちえない「芸術(アート)」を加えたのだ。

多くの経営者が真似してはいけないことがある

それはスティーブ・ジョブズの「市場調査はしない」という点だ。
「顧客調査」「ユーザー調査」をしないのだ。
それについて、他の経営者やビジネスマンも「参考にすべきだ」という意見や、「ジョブズはイノベーターの頭を持つから必要ない」とか言われている。

でも、ジョブズはイノベーターなどというビジネスの言葉の範囲におさまる人間ではない。
むしろ、芸術家なのだ。

偉大な芸術家は市場調査などしない。
パブロ・ピカソは市場調査をしただろうか?
モーツァルトはどうか?
ビートルズやローリング・ストーンズは?
「彼らが何を作れば、人に気に入ってもらえるか?」などと考え、自分の作りたいものを作らずにいたと思うだろうか?

もちろん、芸術家の中にも顧客を見る人たちはいただろう。
「売れるように」と考えてしまう芸術家だ。
でも、本物の芸術家は違う。
ゲーテの言葉どおり、「芸術家は自分の内面をさらけ出す」のだ。
自分の内面にあるものを表現する。それこそが芸術だ。

通常の経営者がジョブズのやり方を真似し、「市場調査をしない」というのはピカソやビートルズなどと同じ土俵で芸術の素人が戦うようなものだ。

考えて欲しい。
自分の内面にあるものを作り上げた芸術家全てが食べて行けるわけではない。
多くの芸術家は食えない。
自分の内面にあるもの、「直感」と世の中がマッチすることはそれほど容易なことではないのだ。

それに「近代美術館に収められてもおかしくない品質を目指す」というジョブズの言葉にあるように彼は究極の芸術を目指しているのだ。同じことを中途半端な経験と中途半端な意識でやっても同じようにはならない。

次のジョブズに対する評価の言葉を読んで欲しい。

stevedesign
参考:Steve Jobs

専門家でさえそう言っているのだ。

実際、ジョブズはラインやディテール、丸み、半径、斜角面のサイズなど、様々なことを専門用語で指摘できた。
通常の経営者はそのような芸術家ではない。
自分の心にあるものを実現させるような芸当は非常に困難だろう。

ジョブズなら、自分の心に絵を描くことができる。

ジョブズなら、絵を描いても、それなりの絵が描けただろうが、通常の経営者は絵など書けない人も多い。
ジョブズなら、絵や写真から製品を連想できるが(実際にしているのだが)、通常はそれは難しいだろう。
ジョブズなら、世の中を芸術や人間の感覚の面から見ることができるが、通常はそれはできない。

「調査をやらないこと」こそ、優れた製品を作るヒントだというのはその意味で間違っている。
ビジネスの原則を忘れてはいけない。
自分のやってきたことを見失ってはいけない。

そもそも、世間と違う考え方をするのがジョブズなのだ。
いや、むしろ世間の考え方など聞きたくないというのがジョブズだ。
ジョブズは自分でコントロールをするのが好きなのだ。
まさに芸術家なのだ。
自分の作品で世界を変えたい。

U2(グラミー賞受賞22回というロックバンド)のボノは次のように言った。

u2
参考:Steve Jobs

これは正しいだろう。

だが、逆に言えば、日本人は既に存在する世界を思い描くのは彼らよりも得意なのだ。
存在する世界を調査し、それを改善していく力。
そこは失ってはいけないところだ。

日本人の歴史自体が、創造より改善だ。
その「強み」を忘れてはいけない。

基本的なアプローチである
売上、利益の源泉である「顧客」
その顧客を知ることこと、調査をすることはやはり重要だ。
(既存にはない。新しい製品をつくることであってもだ。
その場合に必要な調査があるだけだ。)

多くの経営者は「芸術」家ではない。
多くの経営者は「芸術」を学んできてはいない。
多くの経営者は「芸術」という言葉さえ発しない。
多くの経営者は「デザイン」が重要だとは考えていない。
多くの経営者は「スティーブ・ジョブズ」ではないのだ。

そのような経営者がジョブズのアプローチを模倣するのは日本人の強み、そして自身の強みを失うことになる。

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