まじめか、まじめでないのか?
「まじめか、まじめではないのか?」
先日、私は学生時代の友人と白金で会う機会があった。
久しぶりに、とても良い連中と楽しい時間を過ごすことができた。
その中で、こう言われた。
「ハッシー(私のこと)はまじめじゃないよな」
ところが、また別の友人が
「ハッシーは意外にまじめだと思うよ」
「意外に」というのがよく分からなかった。
それに、冗談まじりの話なので、本気で「まじめじゃない」と言っているのかどうかは分からなかったが、その場にいた友人たちが完全に正反対の意見に割れたのは興味深かった。
もちろん、彼らが言うのは今の私ではない。
過去、学生時代の私のイメージが大きいのだろう。
ただ、その片鱗は今も少なからずあるかもしれない。
実際のところ、まじめなのか、まじめじゃないのかは私にも分からない。
ただ、世の中や周りの流れに従順に生きて行くということが「まじめ」だとすれば、私は間違いなくまじめではない。
周りに従うのではなく、
自分に従いたいのだ。
自分の心に従い、自分の信じたことをやり、自分の生き方をしたい。
そして、自分の目標とすることを成し遂げるのが自分の仕事だと考えている。
失敗におびえず、前に進みたいと思う。
「そんなの無理だよ」という方がいても、それは気にしない。
それはその方の価値観であり、その方の人生だ。
その方の人生と私は違う。
その方が「無理だ」と思っていても、私は「可能だ」と思っている。
もちろん、他人に対しての礼儀は重んじたい。
ただ、自分の信念に従って生きたい。
自分の理想の生き方をしたい。
周りがNOと言おうが自分の道を進める男でありたい。
学生時代はここまでではなかったような気がするが、
「何かを成し遂げたい」という欲のようなものはあの頃もあったような気がする。
この自分勝手さは「まじめ」ではないのかもしれない。
自分の好きなように生きている能天気な男なのかもしれない。
追伸:「自分を変える」はもう少々お待ちいただきたい。


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